2009年8月29日土曜日

ウミガメ放流会の罪悪

 ウミガメの孵化放流事業というのは「保護」という名目のもとに卵を掘り返して集め、孵化させて、子亀を放流していると知った。カメが産卵する海岸の環境を守りきれなくなったニンゲンたちの苦肉の策であるらしい。
 それはさておき、ウミガメの専門家から子亀の放流を賑々しく行う「放流会」がカメの生存に対して良くない影響を与えているという指摘が出ているらしい。

 ウミガメが産卵に上陸する海岸から卵を集め、孵化させて子亀を放流する、という形の保護活動が行われているらしい。「放流会」を行うためには、一定数の子亀がそろうまで子亀の畜養が必要になる。この期間が子亀の体力を消耗させ悪影響を与える危険性が指摘されている、というニュースを聞いた。そこで「放流会」を取りやめる所も出てきているという。その対応は好ましく感じた。だが、同時にそのニュースの中で「環境教育のために放流会を取りやめることは困難」との意見があると紹介されていて、耳を疑った。いまだに信じられない。野生動物の負荷を意味なく増大させて、何のための「環境教育」なのだろう?本末転倒も甚だしい。

 「環境教育」を標榜する運動の中に相当量のアヤシゲな運動が混ざり込んでいるとかねがね感じていたけれど、こうあからさまに自らの正体を暴露してししまうこともあるのだなあと呆れた。

 それにしても日本人はどこまで自然に対して傲慢になるのだろう。自分たちの快適な生活を優先させるあまり、ウミガメの繁殖環境を破壊してしまったことは敢えて黙過しよう。残り少なくなった砂浜に産卵された卵を守るために回収と人工的な孵化が必要なことも、場所によってはやむを得ないと思う。しかし、孵化してきた子亀の命は誰の物でもない。子亀たちにとって最善の条件で放流してやることが当然ではないだろうか。どうしてそこにニンゲンの側の都合が介在するのだろう?なんたる欺瞞。なんたる偽善。
 ホタルの放流運動も同様なのだが、これらは「教育」ではなく大人のノスタルジーに基づいた自己満足追求以外に何の意味もない。こんな貧困な精神に基づいた運動を「環境教育」などと称することは、迷惑千万なことである。

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