2011年6月30日木曜日

どうしても言いたかったこと

 ドキュメンタリー映画「ミツバチの羽音と地球の回転」というのを観た。
 先週、水曜日のことだ。
 この映画は、中国電力上関原子力発電所建設に反対する祝島の人たちの闘いの記録だ。

 地元の自然と産業に依拠した穏やかな生活を送ろうとする人々の粘り強い闘いの様子が記録されている。

 その中のシーンで、発電所用地のために埋め立ての準備をしようとする中国電力側と、それを阻止しようとする人々が埋め立て予定海面で対峙し睨みあう場面があった。
 そこで中国電力職員とおぼしき一人の男が、船の舳先に立ってハンドマイクを持ち、エラソーに次のようなことを言い放った。
「このまま、ここで農業や漁業を続けても先細りするだけでしょう。いつまでも一次産業にしがみついていたら、この島は衰退する一方です」

 なんたる上から目線!
 身体が震えるほどの憤りを感じた。
 スクリーンに向かって叫びだそうとする自分を抑えるのに苦労したほどだ。
「オマエは米を食べないのか?
 オマエは魚を食べないのか?
 オマエは野菜を食べないのか?
 工業で何でも出来ると信じているなら、たった今から農民や漁民の作った物を食べるな!
 思い上がるのもタイガイにしろ!コノヤロー
 悔しかったら電気で炭水化物を作ってみろ!
 電気でアミノ酸を作ってみろ!
 生物が光合成で作った物を食べる資格はオマエには無い!」

 今でも思う。
 本人に会って、思い切り言葉をぶつけてやりたい。  
ああ、思い出しただけで腹が立ってきた。

2011年6月29日水曜日

ワラビとエネルギー

 今年の5月頃だったろうか。
 函館市から転勤してきた山の好きなN先生と二人で生徒を連れて外で授業をしていた。「野外活動」の授業だったと思う。
 校地周辺の植物を観察しながら歩き回っているとタラの樹にちょうど食べ頃の芽が出ているのを見つけた。
おっ!と思って眺めているとN先生と目が合った。おもわず二人でにんまりした。

 授業が終わっていそいそと採りに行った。一回食べる分量を採ってきて食べた。美味しかった。まだたくさん残っていたが、自分に必要なだけを採ることにしている。
 少し遅れてN先生もやって来た。彼も一人分の量を採っていた。
 もちろんタラの芽はまだ結構な量が残っていた。

 ああ、この人も僕と同じく、自分に必要な分だけ採る人なんだなと思った。


 わが家の入り口にワラビが生える。通りがかりの人が目ざとく見つけて採っていくことがある。
 いくら自分の土地に生えているとは言っても、野生のワラビだから見つけた人が採っていって構わないと思う。

 ただ、中には道路に沿って、目を皿のようにして路肩を探し、手当たり次第に取りまくって山のように持ち去る人がいる。
 こういう人は、20kg入りの米袋に何袋もワラビを詰めて車のトランクに入れている。
 タダの物は、取れるだけ取ってやろうという、むき出しの欲望を見せつけられているようで、良い気分になれない。

 こういう思想は狩猟採集文化の民族には無いとよく言われる。
 先住民の考え方の基底に、自然資源の持続可能な利用の方法を守る生活の知恵が息づいているという。

 脱原発による電力不足を補うために自然エネルギー(あるいは「再生可能」エネルギー)の利用という方針を支持する人は多い。その考え方自体に反対するつもりはない。
 だが待て、と思ってしまうのだ。

 タダだから使えるだけ使いまくって良いはずはない。
 「再生可能」というけれど、発電のための施設を建設してしまえばその場所は生物の生活の場としては再生できなくなってしまう。
 十分に吟味し、慎重な選択が必要だろう。  

「脱原発」を唱えるなら、効果的な「再生可能」エネルギーの開発と並行して、不必要なエネルギーは使わないようにするという慎ましやかな自制的な態度がどうしても必要だろう。

 わが家の前のワラビを根こそぎ取り尽くすような気分で、エネルギーを浪費し「生産活動最優先」「儲け最優先」「経済成長がなければ死んでしまう」と信じている人々を追い詰めて減らしていくことが、これからは重要になってくると思う。

2011年6月28日火曜日

ガリレオよ! 今こそ起て!

 授業の時、生徒に色々なことを質問する。
 業界の用語で「発問」と言う。
現代の日本の生徒は中学生くらいになると、教師の発問に積極的に答えるのはダサイことだと思っている者が多い。知っていても知らぬ態度をとる。
授業に対して非協力的なのだ。こういう態度をとる生徒たちに対して授業をするのは、とても難しい。若い教師が自信を失っていく原因にもなっていると思う。
 日本の授業を悪くしている原因の一つはここにあると思うのだが、そのことには今は触れない。

 生徒のノリの悪い時には、あらかじめ選択肢をいくつか準備しておいて、全員に答えてもらう。たいていのクラスはここまですれば、選択肢のどれかを選んで挙手する。実にダルそうに手を挙げる時もあるが。
 もちろん選択肢ごとの挙手の人数をかぞえ、黒板に書いて知らせる。
 そんな時、口癖のように僕が発する言葉、
「科学の世界では、いつも多数が正しいとは限らない。ガリレオが地動説を唱えた時はたった一人だった。ダーウィンの進化論も多数からの反対や迫害、嘲笑にを乗り越えて広がったんだよ」
要するに、「個々人が自分自身の頭で考え、それぞれ自分の考えを持て」と言いたいのだ。

 自然界に潜む真理は、自明のこととして大勢に認められるようになるまでは、少数の人だけがそれに気づいているという状態あることが多い。
 科学者と言えども社会生活を送る人間であり、自分の名声や地位、収入に無関心ではいられない。
 地位、名誉、収入に関心を持ち、その向上を図ると、目は眩ってくる。
 はじめ無意識に、やがて意識し積極的に、真理から乖離(かいり)し始めることになる。
 人間は弱い。自信の無さ、あるいは罪悪感から、同じような所行の学者が群れるようになる。群れることで弱い自信を補強し合い、罪悪感を薄める。
 つまり、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という構造ですね。
しかも、それによって、地位や名誉よ収入が補償されるのだから、真理などクソクラエという気持ちになっても不思議ではない。
 カネと名誉と地位は電力会社と国がガッチリ補償してくれるのだから。

 今こそ、ガリレオやダーウィンのような、たった一人でも真理に誠実な研究者に出てきてもらいたい。

 歴史の裁きに耐えて胸を張れる研究者も決して少なくはないはずだ。そういう人々は積極的に発言すべきだと思う。

 まさか、中高生のように 「わかっていても黙っている」なんて人はいないだろうと思うが。

2011年6月27日月曜日

言ってくれたね前原くん

 6月26日の「日本経済新聞」の記事
 民主党の前原誠司前外相は26日、神戸市内で講演し中部電力に対する浜岡原発停止の要請などを引き合いに、菅直人首相の「脱原発」に向けた動きをけん制した。「ポピュリズム政治(大衆迎合)政治をしてはいけない。一時的な国民受けをあてにするのは絶対に慎まなければいけない」と述べた。
 その上で「急に『脱原発』となれば電気料金は跳ね上がり、極端な節電が必要になる。日本でものづくりはできなくなり、働く場所もなくなる」と強調した。

 言うにこと欠いて脱原発を求める意見を「無知な大衆の一時的な気分」と断定したのだ。

脱原発を求める意見は、福島第一原子力発電所の事故を契機に急速に盛り上がった。だが、それは10万人もの人が避難し、日本の国土の半分近くが大騒動になっている具体的な根拠のあることで、「暗愚な大衆の妄想」ではない。
 それを「ポピュリズム」と言ってしまう感覚の土台には、自分だけは常に正しいという鼻持ちならない傲慢さが根を張っている。民主主義国家とは相容れない思想の持ち主だ。 前原前外相は、松下整形塾いや違った松下政経塾に通い、政治を一部の人間の金儲けの手段くらいにしか考えない思想をたたき込まれたから、若い頃から政治屋になることばかりを考えてきたのだろうから、それもやむを得ないかもしれない。

 「日本でものづくりはできなくなり、働く場所もなくなる」という断定も一面的だ。
 海外から原材料と燃料を輸入し「ものづくり」をして輸出するという現在の経済のあり方そのもの検討するべきだろう。
爆発的な増加を続ける地球人口によって予想される食料価格の高騰などで、経済の構造が大きく変わることを彼は、考えられないのだろうか。

 「ものづくり」の「もの」とは自動車や電化製品やダムやプラスチックや高速道路だけを意味しているのだろうか。
 自分たちが食べる物や生活に必要な物を作り、自己完結的な物の流れを作っていくことで、持続可能な未来への展望が啓けるのではないだろうか。

 彼は、人の苦しみや痛みがわかる人間性を発達させることなく生きているのであろう。 問題は、こんな低レベルの政治家が選出されていることだ。

 選挙で前原さんに投票した人は、この発言をどう感じるだろう?
 こういう政治家の名前を書いた用紙を投票箱に入れた人は、もう一度よく考えてほしい。

2011年6月26日日曜日

28年ぶりのクラス会

 昔、長万部高校で担任していた時の卒業生たちがクラス会を開いてくれた。
 皆、47~48歳のオトーサン、オカーサンだ。クラスの半数が集まってくれた。

 顔を合わせると瞬時に高校生に戻るもので、それぞれが家に帰れば立派な漁師の親方や職場の責任ある立場の人たちのはずだが、冗談を言い合って、はしゃいでいる。
 まるで、いま教室から出てきたばかりのようだ。
 彼らを担任した時、僕は、30歳そこそこだったから、僕自身も若やいだ気持ちになって楽しむことができた。

 温泉に一泊し、朝、出発しようとしたら左後輪のタイヤがパンクしていた。見ると太い釘が刺さっていた。
 ガソリンスタンドに勤めているA君と電気工事店に勤めているB君が手際よくスペアタイヤに換えてくれた。
 二人とも朝風呂に入ってサッパリしているのに、手を真っ黒に汚して作業をしてくれた。

 本当にありがたいことだ。
 教育にたずさわっていると、こんな良い思いをすることもあるのだなあと実感した。
 いま、教壇に立っている若い先生方に、この思いを伝えてみたいと思った。

2011年6月24日金曜日

こんな生き方に誰がした

 国内最大の放送局に勤めるあるカメラマンの話。
とある町で、上関原子力発電に反対する人たちの姿を描いたドキュメンタリー映画の上映会が計画されていた。
 上映会成功を目指して熱心に活動する実行委員の話を聴き、取材して紹介してみるよう勧められた。
 彼(彼女かも知れない)もその運動の重要さに気づき放送で取り上げることを考え、上司に相談する。
 上司いわく、「それは偏った映画だから取り上げるわけにはいかない」

 ここに二つの深刻な問題があると思う。

 報道機関として、原子力発電に反対する市民が一定数存在し、その意見を広めるために上映会等を企画していることをニュースにすることはなんら「偏った」ことではない。
 むしろ社会の木鐸として、弱い者、虐げられた者の側に立ち社会正義を貫くのがジャーナリズムの基本ではないのか。
 その「上司」の姿勢は笑止である。

 そして、それより問題なのは、「上司に止められたから」という理由で、アッサリ手を引いてしまうその本人である。
 ジャーナリストとしての矜持は無いのか?
 「上司」の顔色を覗うことを最重要視して人生を過ごす、情けない人間で一生を送るのか?
 良心よりもやっとたどり着いた「本採用」が大切なのだろうか?

 日本の社会はここまで来てしまったんだな、としみじみ感じた逸話である。

2011年6月23日木曜日

原発と鉄道唱歌

 沖縄完全占領の日

「鉄道唱歌」をご存じだろう。
   汽笛一声新橋を
   はや我汽車は離れたり
   愛宕の山に入り残る
   月を旅路の友として

これが一番の歌詞だ。全部で374番まであるという。
 歌詞にある通り、鉄道で旅客が乗るのは「汽車」なのだ。
 いつの頃からか、多くの人が「デンシャ」と呼ぶようになった。
 根室本線厚岸駅あたりで「次のデンシャは何時ですか?」と質問している人をみかけた。

 けれど、鉄道を走る車両は汽車なのだ!
 電車である場合もあるが気動車(ディーゼルカー)の時もあるし、最近はめっきり少なくなったが機関車に牽引された客車の時もある。
 旅客は乗らないが貨車の場合もある。
ちなみに厚岸駅ではどれほど待っても、電車は来ない。根室本線は非電化区間だから。
 
 鉄道の車両をあえて総称を探せば「列車」と呼ぶべきだろうか。
 しかし、「列車」にも厳密な 定義がある。
 すなわち列車とは、「停車場外の線路を運転させる目的で組成された車両をいう」(鉄道運転規則)なのである。

 だから、正しくは
 「次の列車は何時ですか」と尋ねるべきだ。
 その固い言い方に抵抗があれば「汽車」と呼ぶのがいい。

 どう間違っても「デンシャ」と呼ぶべきではない。電車は電化された区間しか走れない。根室本線は非電化区間なのだから。

 だが、田舎の中高生は、「汽車」という表現に少なからぬ劣等感を感じているようだ。
 あるいは、都会の人々の中には自分たちの使っている「電車」という単語に優越感を覚えているかも知れない。だから釧路や根室のような非電化区間に来てもやたらと「デンシャ」をひけらかすのではないだろうか。

 だが、電車は、外から電気を供給されなければ一瞬でただの金属の箱(最近はアルミニウム製が多いからお弁当箱と同じですね)になってしまうシロモノだ。そしてその電力は赤字ローカル線切り捨てで、電車も通わぬような土地の発電所で作られているのだ。中には、近隣住民の生活を犠牲にする原子力発電で作られている!

 現代の日本では、電車ばかりを極端に発達させ、200キロ、300キロという高速で突っ走らせている。
 その方向が正しかったのだろうか?
 「汽車」が、ゆっくりと、しかし力強くたくさんの人や物を運ぶのも悪いものではないなと考えるのだけれど、どうだろう。

 まして、便利さ、快適さ、カッコ良さを鼻にかけているかのように、鉄道車両を見るとやたらに「デンシャ・デンシャ」を乱発するのは、少々軽薄じゃないのかなぁ?

 今度、東京に行ったら山手線の駅で、駅員にきいてやろうかな。
 「次の汽車は何時なの?」と。  

2011年6月22日水曜日

小指の痛み

 今日は夏至だ。
 ノルウェーではミッドサマーフェスティバルというお祭りがあり、一晩中飲んで踊って楽しむのだそうだ。

 一昨日、授業で山を歩いていた。
 ザリガニの生息状況を調べてみようと思い、川への斜面を下たら長靴の底がすり減っていて足が滑り転倒した。
 その時、右手をついたため指が不自然に曲がってしまった。

 骨折はしていないち思うのだが、手の平が腫れあがって、突き指としては最大級と言っていい状態だ。情けないことだ。

 昨日は、天気が良かったのでバイクで通勤したかったのだが右手の握力が極端に弱まっているので、大事をとってあきらめた。

 小指一本のせいで十分に力を入れることができないとあらためて悟った。
 お菓子の袋が開けられない。箸が持てない。自動車のハンドルも握りにくい。黒板に字を書きにくい。キーボードやマウスも操作しにくい。(操作しているけど)などなどなど。

 70年代の沖縄返還運動では「小指の痛みは全身の痛み」というスローガンを掲げていたことを思い出した。
僕らは、米軍基地を抱える沖縄の苦しみを自分の痛みとして感じているだろうか。
原子力発電所の事故で苦しむ人たちの苦しみの原因がエネルギーを浪費してきた自分たちの生活が原因だったと顧みることができるだろうか。

 TVで時々流れる「ひとつになろう日本」というコピーが空しく感じられるのだが、どうしてだろう。

2011年6月21日火曜日

ぬかかかか? (糠蚊禍か?)

 ヌカカはハエ目、長角亜目、ヌカカ科に属する昆虫の総称である。
 糠のように小さなカ(蚊)という意味から来た名前である。しかし、蚊とは関係がない。

 非常に小さくて、開帳2~3mm、触角が長く、翅は透明が薄い鱗粉状の斑紋がある。
 静止時は左右の翅の一部を重ねる。春から秋にかけて、多くの人畜を吸血する。
 衣服の下に潜り込んで吸血することもよくあり、網戸の目を潜り抜けて、屋内に侵入する。
 日本国内では、ホシヌカカ、ヌノメモグリヌカカ、ミヤマヌカカ、ナミヌカカ、ニワトリヌカカ、トクナガクロヌカカ、イソユカカなど多くの種類知られている。

 僕は、昆虫が好きだ。語って良し、眺めて良し、聴いて良し、捕まえて良し、飼って良し、食べて良しだと思う。基本的に嫌いな昆虫というのはない。ゴキブリやワラジムシ(昆虫ではないが)なども可愛いと思うし、蚊やブユだって刺されるのは嫌だが、まずまず許容できる。大型のヤブ蚊などは身体のバランスが実に優雅で美しいと思う。ノミやシラミに至っては、もう今は希少種。絶滅危惧種と言えるかも知れない。

 だが、なぜだかヌカカだけは許せない。
 網戸を無視して入り込み、足の先とか背中とかを全く気づかぬうちに刺す。さらに、刺された痕は、他の吸血性昆虫よりも長期間かゆみが持続する。
 集団で「獲物」に群がってきて、ちょっとした隙につけ込む図々しい態度、そっt近寄って気づかれぬように吸血する陰険さ、全てが憎らしい。

 短い夏の夜、心地よい夜風に吹かれ、薄着でPCに向かって仕事をしたり、本の中の世界に浸っている時、突然感じるスルドイ痛がゆさは、精神に大きな波紋を生じさせる。なんだかココロの奥深い部分を蝕まれるに感じるのだ。
 ヌカカは身体を刺して吸血するが、実はココロを刺しているのだ。

 大きな羽音をたてて単独で吸血に来るヤブ蚊や、刺した途端に気づかれて叩き潰される不器用なメクラアブに比べて、ヌカカは実に憎むべき吸血者だ。

 わが家の周りには、ヌカカが多い。この時期の大きな悩みの種だ。

 知らぬ間に入り込み、気がついた時には全ての国民を脅かしている原子力発電もヌカカに似ているように思う、と言うのはこじつけが過ぎるだろうか。  

2011年6月20日月曜日

霧と侵略戦争と原子力発電

 朝、知床は、深い霧に覆われた。
 視程300メートルくらい。車で追い越しをするのが躊躇われるくらいの濃さだ。

 この霧は、道東では、この季節によく発生するので、とりたてて珍しい現象ではないのだが、今朝は、日本の未来を暗示する霧のように思われた。

 やはり、日本は過去を反省しきっていない。過去を直視しない者には未来は見えない。

 来年度の教科書採択のための展示が行われている。その中の一部に、はっきりと「自虐的な史観と決別し・・・・」と編集趣旨が書かれているものもある。
 それらの教科書は、「南京大虐殺は中国政府のでっち上げだ」とか「日韓併合は韓国の側が望んだことだ」などというようなことが書かれており、従軍慰安婦問題や旧日本軍の様々な侵略行為への反省が一言も見られないものがある。
つまり、中国や朝鮮半島への侵略行為と米英ソ連などの連合国に敗北したことを認めたくない人たちの手によって書かれたものだ。

 事実をねじ曲げて強弁し、ウソをつき続けることで歴史的事実を曖昧にしようとする意図は、原子力発電を推進してきた構造にも通じる。

 そういう人たちが日本の未来を危うくしているとことに、国民の多くもまだ気づいていない。(だから、そういう人たちが堂々と活動している)

 今年の霧が、例年になく深いのは、そんな理由からだとは思いたくないが。 

2011年6月19日日曜日

ほーら見ろ!やっぱりね。

東京電力福島第一原子力発電所の放射能汚染水処理システムは5時間稼働しただけで停止してしまった。また、行き詰まったのだ。

 昨日、書いたことが本当になってしまった。こればかりは予想が当たっても嬉しくはない。

 そして、この事態に対する東電側の説明に呆れかえった。
 「想定外の事態」という言葉が出てくることまで、僕は想定できなかった。

 ため息が出た。
 ここに至って「想定」が成り立つと考えている態度そのものに技術者としてどうなのだろうという疑いが湧いていくる。傲慢過ぎるのではないか。不遜ではないか。

 今回の事態は、敢えて言うなら「希望通りいかなかった」と言い直すべきではないか。

 今に至っても自分たちの技術力に対して自信タップリでいる態度は、事実を直視していないことの証明であり滑稽ですらある。
 そういう技術者は、信頼できない。

 日本の原子力発電は、この程度のレベルの技術者に任されていたことが、今回明らかになったわけだ。

 確かに本当に賢い技術者であれば、原子力発電の危険性を熟知しているから、原子力には近づかないだろう。

 こう考えると、「想定外発言」にも納得がいく。

2011年6月18日土曜日

原発カルト

 福島第一原子力発電所で高濃度汚染水の処理が本格的に始まった、と思ったら5時間で止まった。

 NHK名物ロボットコンテストを連想した。
 卓抜なアイディアは、見る者を感心させる。だが実際に動かしてみると思いもよらぬトラブルが発生する。
 高校生たちは、トラブル解決に、知恵を出し合って頑張る。その姿に観る者はさらに感心し、感動を覚える。

 ロボットコンテストは面白い。高校生たちもよくがんばっている。だからこれはこれで良。好感をもって見ていられる。

 だが、これと同じことを原子力発電でやられたのではたまらない。いま、福島で行われているのは、まさに高校生のロボットコンテストのような技術上の悪戦苦闘であろう。

 原子力発電所はカネを湯水のように注ぎ込むから、立派な外観を備えていて、安定した技術力の上に建造され、運転されているように見える。
 けれども、それは外観だけなのだ。見かけを重視する日本の技術が作っているのだから間違いなく立派に見える。この点は高校生たちの作品とは大きく違う。

 しかしその技術は、安定したものとはほど遠く、試行錯誤を繰り返しているのは高校生たちと大差がない。
 また、技術をどのように発展させるかを決定する技術思想が、生命や健康よりも「採算」や「効率」を優先させるものだろうから、今回のような事故が起きると、どうしようもなくなるのだろう。

 現場の技術は高校生の作るロボットと大差がないのではあるまいか。
 ヘリコプターからの放水(散水と言った方がいいかも知れない)、トレンチに漏れ出ている汚染水を止める処置など、事故を起こしてからの一連の対応を見ていると、原子力を安全に制御する安定した技術的な背景を持たず、ただ、生じた現象を止めるだけのために右往左往しているように見えて仕方がない。
 日頃から自慢していた「日本の最先端の技術」というのはこんなものだったのだ。
 われわれは、あらためてこの認識から出発しなければならない。

 今、日本で「原子力発電は安全だ」と主張している人は、その根拠を示せるか?
 無理なことに違いない。
「何があっても安全だ」と根拠を示して言ってみるがいい。言えないだろう。

 根拠が揺らいでいるだとしたら、
 「安全だ」という発言は、主張ではなく願望に過ぎない。

 今日も、TVのニュースを見ていたら、原発近くに住む普通の人々の中に「安全です」と答えていたオトーサンがいた。

 もう、こうなると一種のカルトと呼んでもいいかも知れませんね。

2011年6月17日金曜日

魚に学べ、イルカに学べ、鳥に学べ

 昨日、羅臼高校で生徒たちがスクーバダイビング講習を受けた。今年度から「海洋生物」の中にスクーバダイビングの実習を採り入れることにした。その第一回の講習だった。  それを一緒に聴いて思った事。


 ダイバーは、浮力を調整するためにエアタンクからBCジャケットやドライスーツの内部に空気を送ったり抜いたりする操作を頻繁にするのだそうだ。
 水中で浮きも沈みもしない浮力を「中性浮力」と言うのだが、それを維持するために、背中に200気圧に圧縮した空気を詰めたタンクを背負い、BCジャケットを着け、足には足ひれ、手にはグローブ、etc.
 機材の総重量は20kgにもなる。

 ニンゲンはこんな大がかりな装置を使わなければ水中で行動できないのかと、あらためて思った。

 魚類は、生まれながら自分の体に備わった器官で、いとも簡単に中生浮力を維持している。魚類だけでなくイルカ、クジラなどの海棲哺乳類もだ。
 鳥の中にも、空を飛ぶための軽い体でありながら、数十メートル潜水する者もいる。

 これらの動物たちに比べたらニンゲンの身体能力は、本当に情けないものだ。
 ちょっとくらい火や電気や原子力を使えるからと言って、威張れるものではないと、つくづく思った。

 そして、言うまでもなく、われわれはそれらを完全に使いこなせているわけではない。

 動物たちは何も言わない。
 けっして諫めない。

 だが、もし動物たちがものを言えたら
 空気を汚し、土を汚し、水を汚し続けているわれわれニンゲンに対して、厳しい非難を浴びせるに違いない。

 いまだに原子力発電に固執している愚かな人々は、動物たちの瞳をまともに見ることができるだろうか。
 アタマを冷やしてよく考えてみるがいい。
 そう、「考える」ことだけは、ニンゲンに与えられた数少ない優れた力なのだから。
 考えることが出来なくなったら、それこそ、なんの値打ちも無いのかも知れない。

2011年6月16日木曜日

羅臼町のクマ学習



 今年度初めての「クマ学習」が行われた。

 羅臼町の正式の「クマ学習」としては今年で五年目になる。それ以前から散発的に関心のある教師によって自主的なクマ学習は行われていた。

 羅臼町ほどヒトの生活圏とヒグマの生息域が重複している自治体はない。住民による目撃回数も最も多い町だろう。それも当然で知床半島は世界でも有数のヒグマ高密度生息域であり、羅臼町は知床半島の東半分を占めている町なのだから。

 五年前から、公益法人知床財団の全面的な協力で町内の全ての中学校と高校の授業時間に「クマ学習」が行われるようになった。
 火災や地震への備えと同様に、日本でもっとも大型の野生動物と安全に共生するための生活の智恵を伝え、不意の遭遇時への対処法を知らせておくことは有意義なことだ。

 クマ学習のプログラムはⅠ、Ⅱ、Ⅲの三段階からなり、中学1年と3年、高校2年と中高6年間で3回の学習を実施する。一回の学習は学校の時間で2コマ、110分からなっている。
 5年目を迎える今年度は、初めてⅠ~Ⅲまでが完全に揃うことになり、「Ⅲ」の内容について最終的な検討を行っている。

 今日は中学校3年生を対象にした「クマ学習Ⅱ」を実施した。昨年まで「Ⅲ」の内容と明確に区別することなく実施してきたが、完成年度の今年から純粋の第二段階のカリキュラムとして内容を精選・洗練した。

 講師となった知床財団のS氏は、一人でクマと対峙しても動じない胆力の持ち主だが、中学生の前で話すのことにはかなり緊張した様子で、途中で何度も水を飲みながら話を続けていた。
 だが、生徒たちはそういう彼の飾り気の無さに好感を持ったようで、良い雰囲気の授業になった。

 クマを畏れ、敬いながらその大切さを理解し、危険性も正しく認識できる未来の知床の住民を育てる一助になることを願って、「クマ学習」をこれからも充実させていきたい。

2011年6月15日水曜日

下品な親子

 親子よく似てつくづく下品な表現が好きだなと感心した。
 自民党の石原幹事長。
 「脱原発、集団ヒステリーだ」と発言したらしい。。

 ウィキペディアによると集団ヒステリーとは、
「社会的緊張状態のもとで通常の状態では論理的・倫理的に説明のつ かないような行動を人々がとる集団パニック状態がみられることがあり、しばしば集団ヒステリー (mass hysteria) とよばれる。」となっている。

 原子力発電に反対することは、「論理的で・倫理的に説明のつかないような行動」なのだろうか?
 もちろんそんなことは断じてない。
放射能の被害は十分に予測可能だし、測定もされている。そして、その原因となった原子力発電の安全性は、現実に目の前で崩れ去ったし、将来の安全も保障されていない。

 そのへんの居酒屋でオトーサンたちが一杯飲みながら言った言葉なら聞き流せる。
 しかし、仮にも「自由民主党」(名前だけは立派なモノだ!実態は「不自由眠主党」かも知れないが)の幹事長で、選挙で選ばれた国会議員だ。
 その発言には責任がある。
どう論理的でないのか、納得のいく説明をしてほしいものだ。(もしも、出来るなら)

 僕らは、もちろん原子力発電を推進してきた人々が「集団ヒステリー」とは思わない。みずからの懐に転がり込むお金のタカを十分に計算した上での論理的だと思うから。
 非倫理的な行動ではあるけれどね。
  

2011年6月14日火曜日

羅臼湖






 今日、羅臼湖へ行って来た。

 昨夜は一晩中雨が降っていたが、低気圧の通過が予想より早く、僕らの行動中には、降雨を一段落させるように小さな高圧帯が通過していたようで、羅臼湖は霧に包まれながらも微かなほほ笑みをみせてくれた。

 先週来た時とに比べてヒメイチゲの花が多くなった。
 チングルマも咲き始めていた。
 羅臼湖近くのエゾヤマザクラが咲いていた。
 コヨウラクツツジの花も一つみつけた。
 コケモモも一輪咲いていた。
 遅い歩みながら確実に季節を巡らせていた。

 今日の羅臼湖行は、「羅臼湖会合」による今年度第一回目の羅臼湖現地踏査だ。
「羅臼湖会合」は、羅臼湖へ新しいルートを設定するため、その具体的な検討を行うための会議である。
メンバーは山岳会、観光協会、遺産協議会、ガイド協会などさまざまな団体や個人だ。 朝、集まった顔ぶれを見ると山男系と観光協会系の二種類に分類できそうだった。
 山男系は、ただひたすら知床の山が好きで、山から山へと歩き回っている山賊のようなムサイ男とたちが多い。
 観光協会系は、日常的に観光客を受け入れ、接客している人たちで、なんとな言動が洗練されている。また、観光協会系の人たちは、地元で生まれ、育った人が多く、みずからの郷土の美しさ、素晴らしさを多くの人々に知ってもらいたいという気持ちにあふれているようだ。
 両者の価値観に微妙なズレがあるのだが、それでも新ルートの検討を共同作業として一緒にできるところに、この町の良さがあるのだろう。

 地元で生まれ育ったKさんなどは、普段は立ち入りが禁止されている湿地や雪渓の上を転げ回るようにうれしそうに走り回っていた。
 そんな彼が、何気なくつぶやいた。
「これこれ。この景色をお客さんに見せてやりたいんだよなぁ」
 これの思いが伝わってくる一言だった。

 一方、山賊の連中は、あまりホスピタリティは持ち合わせていないようで、
 「この部分はコースがお花畑に近づき過ぎているから、写真を撮るヤツらに踏み荒らされる恐れがある」とか、
 「ここに展望台を作ると、あの樹が邪魔になって枝を伐るヤツが必ず出てくる」などと「観光客性悪説」を前提とした発言が目立った。

 利用と保護の両立と言うのは簡単だけれど、現実にはなかなか難しい。

 僕も羅臼湖へ通うようになって30年になる。30年間に徐々にではあるが、植生が変わってきているのも事実だ。それも良くない方向へ。
 植生変化の原因は、必ずしもハッキリとしている訳ではないが、ニンゲンの影響が無いとは言えない。

 そして、何万という単位の観光客が入り込むことによってズタズタにされたウトロ側の知床五湖の実例を見ているから、羅臼湖の姿をこのまま永くとどめたいと強く願う。

 今日は、登山道を歩きながらふと孫のことを考えていた。
 十数年後か、あるいはもっと先、孫たちがこの道を歩きながら、僕のことを思い出してくれないかな、と。
 「このルートを決める時に、あの人も関わっていたんだ」などと。

2011年6月13日月曜日

「日本の北極圏」で暮らして

 都会から距離を置いて暮らすようになってから20年近く経つ。人生の三分の一近くを田舎で暮らした。
 JRの駅まで25キロ、一番近いコンビニまで15キロ。自宅の新聞受けまで130メートル離れている。
 すぐ隣の家まで500メートルはある。どんなに騒いでもまず、叱られることはない。

 そんな場所で暮らして20年。
 自分自身と都会の論理のズレをいろいろと感じる。

 都会というのは、多くの人間がひしめき合うように暮らしつつ、様々な役に立つ「モノ」や「コト」を作ってくれていて、僕たちもその恩恵を受けながら暮らしていることは間違いない。
同時に、ほとんど無用で価値のないものや、多くの害悪や迷惑を垂れ流すものも都会から発せられている。

そして、都会の一部のニンゲンには、地方に対してお金や利権を与えることで意のままに操ろうという考えがある。
 米軍基地や原子力発電所などはその代表例だろう。

 「日本の安全のため」とか「生産性向上のため」という理由で、都会の都合を地方に押しつける構図だ。

 原子力発電所の事故収束の見通しが全くつかず、震災の復旧もほとんど進んでいない段階で、経済の復興を夢想している「経済人」や愚にもつかぬ政争を繰り広げる政治家たちの姿を見ていると、都市生活者の傲慢と身勝手さを感じる。

 以上、きょう、沖縄では、普天間基地を移転問題で、辺野古にV字型滑走路を作ってさせる政府の案を仲井真沖縄県知事に伝えたこと、さらに普天間に事故を多発し離着陸時の騒音も桁違いに大きい「オスプレイ」という新型輸送機を配備することも伝えられたというニュース(あまり大きく取り上げられていないけど)を聞いて、ふと思ったことである。

 太宰治だったろうか?
 「家庭の幸福は諸悪の根源」と書いたのは。
 本当は、「都市の幸福は諸悪の根源」なのかも知れない。

2011年6月12日日曜日

玄海町町は英雄だ。

 佐賀県玄海町の町長は岸本英雄っていうんだね。
「ひでお」って読むのかな?
 「えいゆう」って書くんだね。良い名前だね。すごいよね。

 自分だけで九州電力玄海原発を見学に行き、
 「この目で見て安全を確認できた。もう安心して稼働してよい。」
と言い切ったからね。

よっぽど原子力発電に詳しいんだろうね。
 今や原発の安全に関して、第一人者だね。
 見ただけで「安全だ」ってわかるんだから。

きっと子どもや孫もいないんだろうな。友達も。

 だから「自分にとって安全」なんだろうかなあ・・・。

 まさに英雄だよね。
玄海町長じゃなくて、原子力村(注)の村長ならよかったのにね。

 原発推進論者たちの英雄だ。
 
 僕らにとっては
 「えいゆう」じゃなく「ひでぇオス」ということになるんだけどね。

(注:原子力が大好きで、原子力発電をどんどん進めていこう。
  そして自分たちの財布を膨らましたり、立身出世したりしよういう人たちが仲良く暮らす村
  ファンタジーの世界にある村。事故が起これば嬉々としてテレビに登場する。
  そして、言いまくる。「これくらいはたいしたことありません。安全です。」)

2011年6月11日土曜日

オオジシギとアファンと





 今日は、アファン(ピレニーズ)の一歳の誕生日だ。
 朝から一緒に散歩した。
 出会った鳥たち。
   コヨシキリ
   ノゴマ
   ベニマシコ
   カッコウ
   オオジシギ
   ウグイス
   キジバト
   ツツドリ
   ハシブトガラス
   オジロワシ
   マキノセンニュウ
ハシブトガラ
ヒガラ

 アファンと一緒にオオジシギの飛ぶ様子をじっくり眺めた。
オオジシギはカッコウを気にしているようすだった。
 木のてっぺんにとまっているカッコウに向かって急降下したり、その近くの木にとまって鳴いたりしていた。

カッコウは、コヨシキリやウグイスに託卵すると言われるから、オオジシギは託卵の相手ではないと思うのだが、このオオジシギは明らかにカッコウを気にして嫌っていた。

 カッコウというのは鳥の間の嫌われ者なのだろうか。

2011年6月10日金曜日

積乱雲に寄せて

 午後、竜巻注意情報が出され、雷も激しく鳴った。
 登山中に出会う雷は怖くて嫌だが、安全な場所で見たり聞いたりしている雷を、僕は実は結構好きだ。
 まあ、姑息だね。
でも、自然のもつエネルギーの壮大さが、よく伝わって来るじゃないか。

宮澤賢治先生も「農民芸術概論綱要」に
 「風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」と書いておられる。

 どうせなら、このエネルギーで、この国の不浄な者たちを打ち砕いてほしい。
 アイツやアイツやアイツやアイツ。

 豊かな干潟が広大に広がっている場所をコンクリートで仕切り、海を殺した奴ら。
 自分の利権のことしか頭にないカネの亡者たち。
 国民の苦しみなど考えることもなく権力争いに明け暮れる政治屋たち。
 独善的で弱い者のことなど一顧だにできない愚かな知事。

 雷はいつか必ずやってくる。

2011年6月9日木曜日

ああ、キハ283系よ きみを泣く

 北海道上の気圧の谷に南から風が入り込み、妙に暑い一日だった。

 「スーパーおおぞら」に使われているディーゼルカー、キハ283系の事故は衝撃的だった。
 札幌に行くために、今までに何度も利用したから。
 乗っていても、線路のそばで見ていても、早さを感じる車両だ。営業最高速度は 130 km/h 、設計最高速度は 145 km/h だ。しかも曲線通過時にコンピュータ制御によって車体を最大で6度傾けることができる。
 これによって半径600mのカーブを、一般車両の通過速度より40km/hも速く走り抜けることができる。
 そのため、釧路と札幌の間を4時間足らずで結んでいる。

 キハ283系は、ある意味で日本の鉄道技術の頂点と言えるだろう。間違いなくモノ作り日本の華の一つだろう。
 根室本線の普通列車に乗って、この列車の通過待ちをしていると、隣の線路を文字通りカッ飛んでいくように走り去る姿を見ることができる。

 同時に疑問も湧く。
 はたして、こんなに急いでいいのだろうか、と。
 この特急のために、駅間(駅と駅との距離)の長い根室本線では、普通列車が10分とか20分の通過待ちを強いられる。
 JRは、民間会社になって「収益」を優先し「効率」だけを第一に考えたから、お年寄りや高校生たちなど、地元の人たちの利便性を、バッサリと切り捨てている。
 「金儲けのためなら何でもする」姿勢がここにも顔を出している。

 さらに、石勝線以遠の根室本線はほとんど単線区間で、「スーパーおおぞら」が「スーパーおおぞら」とすれ違うために5分10分と停車することもしばしばなのだ。輸送の速度を上げたいなら、路盤を整備し、単線区間を減らす努力をするのが王道ではないのか?
 ここにもJRの「コスト切り捨て・儲け優先」の姿勢が垣間見える。
 本来するべき努力を払わず、手っ取り早く良い結果だけを求める危うさを構造的に孕んでいるように思う。

 そして、その結果が、先日のトンネル内での火災に結びついたのではないだろうか。
 すくなくとも間接的な原因とか事故の背景に、このような構造があるのではないだろうか。

 キハ283系はなかなか優れたデザインの優秀な車両だと思う。その優れた性能をもっと大事に使ってほしい。

2011年6月8日水曜日

セイヨウオオマルハナバチ

 昨日から本格的にセイヨウオオマルハナバチの駆除を始めた。
 羅臼町内では、今のところまとまってハチの集まるポイントが無い。こちらが歩き回って、ハチの来そうな所を訪ね歩かなければならない。
 昨日は、スキー場近くで女王と働き蜂とを一頭ずつ目撃した。しかし、残念ながらどちらも捕獲できなかった。高い位置にある花に来ていたことと枝の混んだ場所で無理に網を振ったのが敗因だ。

 「セイヨウ」は近縁の在来種であるエゾオオマルハナバチに比べて敏捷なように感じるホバリング(空中停止飛翔)の時間が短く、ホバリングから一気に加速する。
 全速で飛翔している時は、捕まえるのも難しい。虫屋にとっては手強い相手だ。
 まあ、昨日とり逃がした言い訳なのだが。


 きょうは、セイヨウオオマルハナバチに関する出前授業のプログラムを考えていた。
 できるだけ多くの人に「セイヨウ」への関心を高めてもらい、監視の目を増やすことが必要だろう。
 さらに小中学生にもその被害と防除の重要性を訴えて外来生物の影響を理解させて、飼育しているペットなどを放すことの危険性を広く知らせていかなければならない。
 釣りの愛好者に聞くと、釣り好きの中にはニジマス、ブラックバス、ブラウントラウトなどをこっそり放流する人もいるらしい。
 子どもたちにむかって「こんな大人になるな」と訴えることは悲しい。だが、人間が環境との良好な関係を築くための環境リテラシーを育てるためにもこの「外来生物学習」は重要な意義をもつと思う。

2011年6月7日火曜日

NDCと幸福

 NDCという言葉あるそうだ。
  New Declining Country = 「新興衰退国」と訳される。

 2000年には世界第3位だったGDPが2010年には17位に下がった。

 政治面でも平成に入ってからの23年間で首相が16人も変わった。他の先進国にこんな国は無い。
 原因は、国民からはるか遠いところで、政治家や政党が抗争に明け暮れていることを示している。
 一方、2010年の日本の自殺者数は13年連続で3万人を越えていて、交通事故死者数の6.5倍だという。

 ちょうどこんな時に大地震と津波が襲い、原子力発電所が大事故を起こしたのだ。
       (以上、石弘之著「地球クライシス」(洋泉社新書)を参考にしました)

 今日、突然、
 「もっと英語を勉強しなければ」という考えがひらめいた。
 日本という国は、僕たちの思惑とは別の所で、今後ますます衰退して行くように思う。

 いったん崩れ始めた「国」というシステムは、そう容易には復元しないと思う。
 崩れる勢いがついているから。

 これから、世界の動きに歩調を合わせていくためには、日本語にしがみついていられないように思ったのだ。

 繰り返して述べるが、感情とは別の次元のことだ。

 寂しいことだが、日本という国はこれからますます東の端っこにある、小さくて不思議な国になっていくだろう。
 「独自の文化があり、かつては多くの国の人が注目してたが、最近はあまり目立たなくなった」などと評されるのだろうか。


 考えてみると、そのくらいの評価が真っ当なものかも知れない。面積と生産力と経済力、資源などを含めた総合的な「力」は、身の丈に合ったものにしておくのが良いのかも知れない。
 そして、国民の多くが、その時の生活を幸福だと感じるなら、その方が良いのではないだろうか。幸福は金では買えない。

 そんな未来の姿も想像しながら、今、われわれはどう進むべきかを考えてみなければならない。 

2011年6月6日月曜日

羅臼での一日



 羅臼町知円別港にあるウニ種苗センターへ見学に行った。ウニもさることながらマツカワというカレイの一種を養殖していた。
 高級魚で非常に美味しいのだそうだ。価格も高いらしい。
 水中に入れられるカメラなので数枚写真を写してみた。

 特徴的な背中の模様がはっきり写っていた。
 大きいものではい1キログラムを越えているそうで、食欲をそそ姿であった。

 その後、犬のアファンを連れて間欠泉まで散歩した。
 折良く間欠泉に着くとすぐに噴湯が始まった。

 忙しい一日だったが、なんだか観光客のような視点で羅臼を満喫できた。

video

2011年6月5日日曜日

マルハナバチを聴き分ける






 今日は一日中家にいた。
 庭のウメの樹の下に椅子を持ち出し、花に飛んでくるマルハナバチを観察していた。


 エゾオオマルハナバチ、アカマルハナバチ、エゾコマルハナバチが多い。トラマルは特に目立つ活動をしていた。

 この三種は大きさに違いがある。羽音を聞いているとその高さが明らかに違っていた。 コマルは、アカマルやオオマルより明らかに小さいので、はっきりと音の高さが違う。 問題は、アカマルとオオマルの違いだが、波長が違うことはわかるのだが、聞き分けるのはなかなか難しい。
 折しも向かいの学校では、運動会が開かれていた。
 運動会を楽しんでいる人には悪いが、貴重な初夏の休日に鳥の歌に耳を傾け、自然の気配に浸っていたいという人には迷惑な話だ。
 環境教育の発展を阻害しているのは運動会と中体連、高体連だと力説していた人がいたが、その気持ちが理解できた。
 
 それはさておき、じっと聞き込んでいるとオオマルハナバチとアカマルハナバチの違いもわかるようになってきた。
 セイヨウオオマルハナバチはアカマルハナバチと同じくらいのサイズだから、この音を頼りに探せると思う。

2011年6月4日土曜日

羅臼湖へ



鳩山ぁ!!
 ウソ八百を並べるヤツほど、他人のウソには厳しいものなのだゾ。

 大阪のファシモトォ!!
 いつまでも、お前の思い通りになるなんて思うなよ。
 思い上がりももうすぐ終わるんだゼ!


それはさておき

 羅臼湖へ行って来た。
雪渓が大きくて夏のコースはまだよくわからない所が多いが、その分歩きやすいルートをとることができ、今の季節ならではの楽しみを楽しむことができた。

 羅臼湖畔は、いつもと変わらず静謐な時が流れていた。

 やはり、自分にはこの場所が一番落ち着ける場所だとあらためて認識した。 

2011年6月3日金曜日

増えすぎた「シカ」の害・・・東京でも

 別海でカッコウの初鳴きを聞いた。偶然だが二年前、2009年もカッコウの初鳴きは今日だった。

 さらに、羅臼と別海の両方でセイヨウオオマルハナバチを一頭ずつ捕獲した。
 初捕獲だ。

暖かい日だったのでバイクで出勤した。
 すると、羅臼は深い霧だった。典型的な夏型の天候である。

 バイクで霧の幕を裂くように突っ込む。

 霧は、視界を閉ざす。視界が閉ざされると人は、その向こう側にあるものを想像するようになる。つまりはココロの眼で世界を見るようになるのだ。

だから、霧の向こうに広がる、荒涼とした被災地の風景を見ることができる。
 荒涼とした被災地の風景の向こうには、荒れ果てた原子力発電所跡が古城のように建っているのだろう。
 そして、荒城のさらに向こうには、醜悪なシカの大きな群れが、互いに角を突き合って争っていた。醜い争い。「セイジカ」と呼ばれるシカたち。増えすぎて、環境を圧迫するシカたち。バクテリアのようにはびこっている。


 知り合いの大学教授が最近、こんなことを話してくれた。
 少し前のことだが、新しくできたばかりのある政党から代議士の候補者にならないか、という誘いを受けた。彼は、ちょっとだけその気になりかけて、いろいろと準備を始めたそうだ。
 間もなく、彼の奥さんが改まった態度で彼の前に座り、
「お話があります」と切り出したのだそうだ。
 その前には、一枚の紙が置かれており、よく見ると離婚届だったのだそうだ。
「立候補するなら、まずこれに署名捺印をしてからにして下さい」と奥さんは迫ったそうだ。
 もちろん彼は立候補を断念した。

 僕は、その奥さんはとても賢くて立派な人だと思った。
 つくづく、心の底から思った。

2011年6月2日木曜日

馬毛島に鯨軍訓練施設は要らない!!

 防衛省の松本大輔政務官は1日、米軍岩国基地(山口県)に移る米空母艦載機部隊の発着訓練(FCLP)の移転先として、鹿児島県西之表市の馬毛島(まげしま)を候補地としているというニュースがあった。

 鹿児島県西之表市に属する馬毛島(まげしま)は大隅諸島の島の一つで、面積は8.20km²、周囲16.5km、最高地点は島中央部の岳之越の71.7m、の小さな島で、全体に平らな島である。種子島の西方12kmの東シナ海上にある。

 島内にはニホンジカの1亜種であるマゲシカが棲息している。一時、島民の全てが島外に移住して無人島になったが現在は十数人の人が住んでいるという。

 それ以上に重要なことは、この島はいろいろな思惑によって「開発」や「投資」の対象とされ、歴史の波に揉まれて今日にいたっているという点だ。

 もうそろそろ、そんなニンゲンの思惑から解き放っても良いのではなかろうか。

 マゲシカは、エゾシカと同じニホンジカの亜種だが、ヤクシカとならんで暖地適応の様子がよくわかる形態を持っているといわれる。

 ニホンジカの系統発生や分布の研究上貴重な存在だ。

 そんな所に、米軍の訓練施設を作らせてはならない。
 
 原子力発電所も、これと同じやり方でいつの間にかわれわれのすぐ隣に作られていた、という事実を忘れてはならない。

2011年6月1日水曜日

峠を越える



 斜里で会議があったので知床峠を越えた。
 去る28日(土)に続いて今季二回目だ。二回とも好天に恵まれた。
 まだ雪が多く残っている。
 風景は2000メートル級の高山そのものだが、標高は最高点でも800メートル程度だ。気温の垂直分布が、知床では、他の地域より下がっていることが実感できる。

 頂上はまさに早春。ハイマツの緑と残雪の白とのコントラストが美しい。根室海峡の霞む青や国後島の影、網走側の鮮やかな広がりをみせる海の青、どちらも印象的だ。
 そして、そのハイマツ原の向こうにどっしりと座った羅臼岳が神々しい。

 例年なら高揚しつつ敬虔な気持ちで通り過ぎる知床峠だが、今年はこの高さの気流は、原子力発電所事故の放射能を運んで来てはいないかなどと気にかかる。
 素直に美しさを味わえない。


 会議でも、原子力発電所の話題が出た。
 今回の事故で本当に怖いのは、原子力発電推進派の人々は、あれだけの事故を目の当たりにしながら、まだ今後の原発推進を諦めていないことだと、ある大学教授が話してくれた。それは、侵略戦争を起こし、それに敗れても、まだ負けを認めずに戦争を続けようとした人々がいたが、その時と同じ構図なのだそうだ。

 このままでは、ダメになる、という言葉が重かった。