2011年12月21日水曜日

連結器とセシウムと

たとえば日本の国鉄の車両で、一斉に連結器の交換工事をしたことがあった。
 1925(大正15)年7月17日のことだ。

 記録を調べてみたら交換したのは、機関車が約3200両、客車8900両、さらに貨車約52万8000両あったという。合計すると54万両あまりを交換した。連結器というものは、鉄道の車両一両につき2個あるから、全部で104万個以上の連結器の交換を一日でやったことになる。
バッファー・リンク式連結器は、日本の鉄道開通以来使われていた連結器で、連結・解放作業に時間がかかり、作業に危険を伴うものだった。自動連結器は今でも使われている優れた連結器である。
 この二種類の連結器を混在させるわけにはいかなかっただろうから、この作業をどうしも一日でやり遂げる必要があったのだろう。

 そのために、統計によってもっとも物流の不活発な日を選び、何日も前から作業員の研修を重ね、車両にも必要な工事を施し、入念な準備をして決行に臨んだとされる。
 一両の交換に要した時間は15分だったという。
 これによって鉄道の輸送力は大幅に向上した。そして、この後、日本は長い侵略戦争の時代に突入する。それは、別問題として、世界にも例がないと言われるこの一斉工事は、日本人の技術的な優秀さばかりでなく、施工の正確さ、組織性の優秀さを世界に示した出来事に違いない。

 このような例は、他にも多く見られる。零戦の設計も同様だろうし、内視鏡の開発などもそうだろう。
 ロボットなど現代の先端技術に関しては、ここでわざわざ述べる必要もないだろう。


 だが、優れた技術を生み出してきた実績に対して、われわれは少し自信過剰になっているのではないだろうか。
 破滅した東京電力福島第一原子力発電所から飛び散った放射能は、濃淡を作りつつ広い範囲に広がり、あらゆる場所に降り積もった。
 森にも畑にも、田にも、家の庭にも、芝生にも、学校の屋根やベランダにも、広場にも、歩道にも、車道にも、公園にも、産院にも、墓地にも。
 「降り積もった」と言えば表面を洗い流せば、きれいになるような印象を受ける。
 しかし、「降って」来たのは、原子の状態にまで細かくなっている放射能である。
 放射能を持ったセシウム原子の大きさは、0.0006ミクロン、つまり1千万分の1ミリメートルくらいの大きさだ。
 こんな小さな「粒」が表面だけに付着するわけがない。
 例えて言えば、金網のザルに小麦粉をばら撒いたようなもので、コンクリートや屋根の塗料など、木材の内部などにどんどん入り込んでいくだろう。その有様は「浸透」と呼ぶ方がふさわしいだろう。
 そして、そこからガンマ線を出し続ける。その強さは、30年あまり経ってやっと半分に減るのだ。

 「除染・除染」と呪文のように繰り返しているが、どれほど実効があるのだろうか。
  セシウム原子の浸透の例ひとつ取り上げても不安になってくる。

 一日で連結器を交換したという技術への過信と奢りから、何の根拠もなく「除染」もうまくいくだろうと考えるのは、あまりにも危険な楽観主義と言うべきだろう。

 零戦を作り、戦艦大和を建造して、果てしない侵略戦争に突入し、国民を不幸のどん底に陥れた愚行がまた繰り返されるのだろうか。

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