2012年3月1日木曜日

流氷が連れてきた動物たち②・・トド  流氷百話 17/100



トドは流氷が来る前にやって来る。
 まるで、流氷に追われるように来る。
 オスは体重1000 kgを超し、メスでも300~400 kgあると言われる。上陸している映像を見ると、その肥満した体をもて余しているように感じるが、水中では、俊敏に泳ぎ、水圧のためかその体型も引き締まって見える。

 北海道に回遊してくるトドは、千島列島からカムチャツカ半島にかけて繁殖しているようだ。
知床国立公園羅臼ビジターセンターには、ダイナミックはポーズで海中を泳いでいる様子を再現したトドの剥製が展示されている。その個体は、羅臼の海で捕獲されたもので、体の側面にロシア文字の「Б(ベー)」という文字と数字の焼き印を押されている。これは、生態調査のためのもので、ブラッドチルポエフ島という千島列島中部の岩礁で標識されたと言うことだ。
トドにとっては、迷惑なことだろうが、そのお陰で移動の様子を探る貴重なデータが得られる。

 羅臼に回遊してくるトドは、ほとんどが妊娠しているメスなのだそうだ。お腹の子どものために、豊かな根室海峡を目指して、やって来るのだろう。しかし、漁業者にとっては、大量の魚を食べるこの海獣たちは、迷惑な存在だ。単に魚を食べるばかりではない。網の中の魚を食べる時は、網を破ってしまう。
 だから「トド撃ち」によって有害駆除の対象になっている。

 しかし、世界的に見て、トドは減少していて、環境省のレッドリストでも絶滅危惧Ⅱ類に分類されている。世界遺産登録地知床としては、トドの問題は、頭痛の種である。
 今は、有害駆除の頭数を制限して、トドと漁民の共存の道を探っている。

ロシアやアメリカでは、トドの繁殖地の周辺での漁業活動を厳しく規制して個体群の保護に努めている。漁業に依存する人の数や漁業が産業に占める重さ、食文化などさまざまな条件が異なるから一概に同様の対応をすればいい、というものではない。これから解決しなければならない課題のひとつだろう。

トドなどの海獣類の消化管には、おびただしい数のアニサキスという寄生虫が寄生している。寄生虫たちは、大量の卵を産み、卵は糞便に混じって海中に拡散する。小さな卵は、オキアミなどの甲殻類を経て魚に食べられ、魚の体内で第三期幼虫となる。
 その魚が再びトドに食べられれば、寄生虫の生活環は完結するわけだが、人間がその魚を食べると、幼虫は胃壁に食いついて激烈な痛みを引き起こす。これがアニサキス症だ。
 魚を加熱して食べれば全く問題ないが、生食するとこれに罹る時がある。当然、羅臼ではアニサキス症を経験した人は多い。ある時、高校生に訊いてみたら、アニサキス症の経験者が親戚の中に何人かいると答えた生徒が多かった。

 トドが減れば、アニサキス症も減るだろうか?
 いや、アニサキスはアザラシやイルカにも寄生するから、トドだけが減っても関係ないかな?

 海面に鰭(前足)や頭を出しながら、呑気にひなたぼっこをしているトドの群れを見ていると、そんなことはどうでもいい、という穏やかな気持ちになってくるから不思議だ。

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