2012年10月17日水曜日

羅臼高校 第7番教室

 怪我をしていたということもあるが、今年の夏のヒグマの出没状況が異常に多かったため、裏の山に入ることができなかった。  9月18日にこの付近を徘徊していた一頭が捕獲されたのを最後に、この一ヶ月間は目撃例がないということだったので、今日、生徒を連れて山に入ってみた。  笹原の急斜面についたシカ道に沿って登ると海抜200メートルほどの台地に出る。ホウノキ、カツラ、ミズナラ、トドマツ、エゾマツ、キハダなどなど、他種多様な樹木が思い思いに林立する林の中は、しんと静まりかえり、適度な湿度と暖かさで心地よい空間とである。  地面を見れば赤や白、黄色や茶色、オレンジのキノコが顔を出している。足跡、ニオイ、糞などから動物の気配を探る。シカ以外は目立っていないが、遠くの樹の幹でアカゲラが食事中だった。少し歩くとエゾリスが枝から枝へと渡っていた。樹木の間をカケスが器用に飛び回っている。  それ以外、特に大型の野生ほ乳類の気配はない。それでも周囲を警戒しながら生徒たちに「解散」を指示した。  彼らは、三々五々散っていく。藪の中に分け入る者、樹木の皮をめくってみる者、ドングリを探す者、最初のうちは一箇所にかたまっていた集団が徐々に離れて行った。  この場所を僕らは「7番教室」と呼んでいる。校舎内には普通教室が6室あるので、7番目の教室という意味だ。最初は、僕が冗談で口にしたのだが、意外に生徒の気に入り、今ではその呼び名が定着したようだ。  同じように、積雪期に山スキー実習をする場所が「8番教室」となっている。  林の中につけられた獣道を歩くうちに倒木更新が行われている場所を通りかかった。主にトドマツやエゾマツなどの種子は、直接地面からは発芽しずらい。古い倒木が腐り始めた頃にそれを苗床代わりにして稚樹が育つのだ。天然の森林はそうやって世代が更新されていく。  いつでもこの場所では倒木更新の話をすることにしている。  巧まざる自然の仕組みのひとつなのだが、老木が倒れた後で若い世代を育てるというところが、人間社会にも比喩的に当てはまるから皆、感心して聴いてくれる。  だが、説明しながらふと考えた。果たして、今の人間社会の「倒木」は若い世代を伸びやかに育てる環境を作っているだろうか。地球の資源を自分たちの世代だけで使い尽くす、放射能をはじめ様々な長寿命の有害物質を環境に垂れ流して、平気でいる。  北海道の山ならどこにでもあるありふれたトドマツの倒木にさえ及ばない下卑た社会に成り下がってしまったのではないだろうか、と。

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