2013年2月19日火曜日

E pur si muove (それでも地球は動く・・・ガリレオ・ガリレイ)

 コペルニクスの誕生日だ。  昨年、ポーランドのクラクフで彼の学んだ大学を見学させてもらった。コペルニクスにゆかりの実験道具や観測器具も見ることができた。  今年は生誕540年だという1573年生まれ。種子島に鉄砲が伝来した年だと言われる。そして徳川家康の生まれた年だ。  なんとコペルニクスと徳川家康は同い年なのである。  天動説が「神の定めた決まり」だった当時、コペルニクスと同じように地動説を主張したガリレオは教会から激しい弾圧を受けたのにコペルニクスについてはそういう話を聞かない。以前からこの点を不思議に思っていた。  コペルニクスは天文学者だっただけでなく占星術師であり、法学者であり、教会の要職に就いてもいた。つまり政治家でもあった。コペルニクスと並び称されるガリレオ・ガリレイの方は、天文学者であり物理学者でもある純粋に「理科系」のヒトで、コペルニクスに比べて世渡りが下手だったようだと言われている。彼の地動説をめぐる裁判は、純粋な「学術論争」というより、権力争いの確執に巻き込まれた結果であるとも言われているが、ガリレオの書いた『天文対話』は禁書目録に載せられ19世紀まで撤回されなかったのは事実である。  それに対してコペルニクスの『天球の回転について』は、発行されたのがコペルニクスの死後であり、一時閲覧禁止の措置がとられたが、「数学的な仮説である」という解釈でその措置はすぐに解かれた。  コペルニクスはガリレオより9歳年下である。ほぼ同時代に生き、地球の自転に気づいていた点など共通している所が多いのだが、この二人の対照的な生き方が面白い。  現代の科学者にも、純粋な科学論では共通のものを多く持ちながら、対照的な生き方を見せる人たちがいそうだ。  なお、ガリレオの誕生日は2月15日である。

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